DAISUKE SATO

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──渋谷の東京メインダイニングというお店に来ています。本日のゲストは佐藤大輔君です。

佐藤君と僕は高校時代からの知人で乃木坂46のPVやテレビ朝日の映像コンテスト「Vドリーム」で関東優勝、またヤングチャンピオンや味の素の映像制作などで活躍されています。
高校時代そんなこと全くやってなかったので勝手に驚いているわけですが、始めるきっかけというのはそもそも何だったんでしょうか?

数学教師から映像作家へ

元々数学の教師になりたかったんです。小池君と同じ高校に通ってたんですが、その時の数学の先生に憧れて。それで教師になるために教 職(過程)とかもとってたんですけど、大学4年生の頃友達に「映画の撮 影手伝ってよ」と誘われて参加してみたんです。ボランティアで。そしたら(当時としては)想像を絶する過酷な毎日で、とても疲れたし筋肉痛も酷かったけどすごく面白くて蒸発もせずに最後までやりきった。それで後日すぐ30万のカメラをクレジットで買いました(笑)
ラブ・コール アナタヘノオモイ 予告編 http://youtu.be/kZrG5ASAvtM

──おお、いきなりピークだったわけですね。

いいカメラを買ったはいいけど最初せっかくの性能も活かせなかった。でも始めてから数週間経って日本の良さを30秒で伝える「MyJapan」というCMコンテストに折り紙をテーマに初めての映像(http://youtu.be/gJqBNbA4Y6s)を撮りました。
それから「よし、団体をつくろう」と思って。ノウハウも知らないけど、とりあえず幼馴染ともう1人で今も続いているプロダクション・ エノログをという映像制作団体を立ち上げました。それが2010年。その後「桜雪」という初めての映画を作って、そこからCMとかPVとかただ映画を作るだけじゃなくて多岐に渡った映像製作全般に今取り組んでいます。

──なるほど。ということは佐藤君の目標は映画と言うよりも映像全般にアタックするということですか?

僕の最終目標はあくまでも映画監督。でも別に映画じゃなくても本当は良かった。ていうのは漫画でも小説でも良かったし、イラストレートとか音楽でも良かった。自己表現、何かを作るということが昔から すごい好きで。何で映像を選んだかというと、音楽も入れられるし小説は脚本につながるしっていう映画の持つ総合アートとしての側面に惹かれたから。例えば僕は音楽できないから小池君みたいな音楽家に手伝ってもらうこともできるし、自分の好きなイラストレートやってる友達に挿絵とかメインビジュアルのポスターとかも作ってもらえ るかもしれない。ひとつの箱舟としての魅力がある。それから映像製作全般というのはPV作ろうがCMだろうがバラエティ番組だろうが全部映画に活かせると思ってるから、盲目的に毎日映画だけをひたすら観て目指す映画監督にはなりたくなくて。そこまで映画が好きかって言われたらそうじゃないし。なんでもかんでも全てが好きなんです。昨日まで宮古島にスキューバダイビングしに行ってきたんですけど、とてもいい経験になりました。色んなことを体験して、考えて、知って、笑って、泣いて、怒って—。そして、自分の映画を固めていきたいです。

──僕は駆け出しですけどジャズなど演奏するんですが、ジャズ界もまったく同じ事が言えると思います。オールドスクールなジャズを至高な物だとして信奉している方はいる。それからブラックミュージックの系列としてのヒップホップやファンク、R&Bとかに反れてからジャ ズに戻ってくる人もいる。戻ってこれなくなった人もいますけどね(笑)。映像を撮る時のこだわりとかも聞かせてください。

先日、駒沢大学マスコミュニケーション研究所に呼ばれて映像の講義をやった時に改めて感じたことなんですけど、例えば「少子化」というテーマがあってからこういう映画を撮りたいっていうのが一般的な思考ルーティンであるし、そうあるべきかもしれないですけど、僕は逆でこの前撮った映画「私の小旅行」はとりあえず「ミニスカの女の子に穴を掘らせたいな」と思って、このシーンをクライマックスに持っていきたいなというところから発想を膨らませて肉付けしていったんです。だからどちらかと言うと僕は何かをしたいっていう視覚寄りなところから広げていきますね。そこから自分の中にある幾つかの伝えたいことが物語とマッチングしたら調整して当てはめる。必ずしも毎回そうではないし、全てそうではいけないけどこれが僕のスタイルだと思います。

選択肢はある

──それでは次に山梨についてお聞きしたいのですが僕ら甲州最前線の主張も含め、思うところはありますか?

この前山梨に帰って甲府に行ったんですけど人がいなくて本当にびっくりしました。前々から徐々にシャッターがとは思ってましたが、遂にパチンコしかやってないみたいな。ひどい(笑)。岡島(百貨店)も潰れるんじゃないかなっていう感じだったし。甲府駅北口も再開発してきれいなったけど効果あったのかな。人をさらに呼びたいと思ってイベントとかやってるみたいだけどそれもあまり効果が無いと思う。正直一発屋にもなっていない様な印象があります。僕の記憶が正しければ中学の頃は甲府の中心街の七夕祭りとか甲府大好き祭とか人がすごく人がいっぱいいた。それさえも人が集まってないんじゃないかと思うと不安でいっぱい。それくらいこの前帰った時はびっくりした。

──街並みはきれいになったけど人通りまできれいさっぱり、という(笑)。では何か山梨の若者に言いたいことなどあればお願いします。

僕が後悔しているのは、選択肢がたくさんあるってことを知っておけたら良かったなってこと。高校卒業した時点であたかも将来を決めるみたいに大学で数学勉強したり経済学部とか行ったりするんだけど、4年間いたら変わる。正直な話、今映像やってるけどそれが50年続くかわからないし、映像からさらに違うものに取り組んでもっといい形になるかもしれない。
だから僕の青春だったカラオケとサイゼ(リヤ)もいいんだけど、その時間にもっと視野を広げる活動をしたら面白いのかなと。受身じゃなくて能動的自発的になった方がいいと思う。例えばSNSやってたら誰かクリエイティブな人に「是非お会いしてお話聞きたいです」とかコンタクトしてみるとか。高校生とかにそんなこと言われたらみんな喜んで会ってくれると思うし。僕なら全然会う(特に山梨学院の後輩待ってます!)。
どんどん食いかかって行くべき。どんどん色々な人に出会って話しを聴いて体験してみる。カラオケ、サイゼ(リヤ)、みんなでおしゃべりも楽しいけどもっと色んなことをどんどんやる、ゆとり教育はそういうことを教えたかったんじゃないかなと今思います。

──はい。本日のゲストは佐藤大輔君でした。ありがとうございました。今後の彼の活躍に乞うご期待です。

編集後記(小池)

前回のインタビュー(徳山史典)でキーワードになったのがジャンルを横断する、「クロスボーダー」。佐藤君の話にもそのニュアンスがかなり含まれていて驚きました。ルネサンス期は色んな学問が近かった。だから絵も科学もすんげえって個人が存在したわけですが、その後は細分化によって学問はバラバラになりました。しかし今は一度細分化されたものがまた統合に向かってる気がする。ネット、特にSNSによって横断が容易になったのが原因ですね。それでここからが重要な事だと思うんですが、ゆとり教育の本当の意味って此処にあるのかもしれないと思うわけです。所謂「総合教育の時間」ってのは国語・数学・理科・社会のボーダーを取り除く試みだったのではないか、という。
なおインタビューは他にもゆとり教育問題や情報過多の問題、他にもたくさん話が展開していったのですが泣く泣くカット。それではまた次回!

 

佐藤大輔(サトウダイスケ) – 映像クリエイター。上智大学に通いながら自ら立ち上げたプロダクション・エノログで映画、CM、PV、番組などの映像制作を行なっている。来年、株式会社エンドローグを登記予定。
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