KATSUHIRO NAKAJIMA

NAKAJIMA

――本日は新宿にある珈琲西武にきております。甲州最前線のインタビューシリーズ「レペゼンヤマナシ」。
今回のゲストは僕と中学時代同期で現在TVアニメなどで音響効果を担当している中島勝大君です。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。


 

八田村から同人世界へ

――ではまず中島君の出身など教えてください。

出身は八田村(現南アルプス市)で八田小学校、山梨大学附属中学校、甲府西高校、拓殖大学工学部を卒業しました。小さい頃から何故か家に古い映画やアニメが家に置いてあってそういうのを見て育ったんです。だからアニメとかが元々好きで特撮映画オタクの友達もいたので「ゴジラ」や「ウルトラマン」シリーズなどの作品も良く見ていました。ピアノを習っていたので音楽にも興味があって中学校から高校2年くらいまで小池君とバンドを組んで活動していましたし。

――そうだった(笑)。中学の学園祭から高校までね。

でも自分のパフォーマンスのこととか色々な事情があって辞めちゃうんですよ。そこからネットゲームに没頭するんですけど、そこで色々な業種の人と出会ったんです。個人で活動する声優さん、今でいうニコニコ動画の「○○を歌ってみた」とかやってる人とかボカロPの先駆けみたいな音楽制作している人とか。そこで音楽で言うインディーズ、所謂「同人」の世界を発見したんです。彼らの行動力にとにかく圧倒されました。音楽じゃないアニメ業界でもアマチュアがあって全然やっていいんだっていう姿勢にも。
今ではコミックマーケットなんていう同人イベントは一般にも認知されていますけど、昔からファン活動をされていた方は多かった。プロではないけどプロ並の腕を持つ人が今でもゴロゴロいる世界だったりもします。そんな人たちの刺激を受けて僕は高校の時からなんとなく将来音響の仕事をやってみたいなって思い始めたんです。

――YouTubeとかSNS以前でそういう人に出会ってたとはね。確かにインディーズと同人って響きは全然違うけど同じだよね。同人バンド(笑)。

そうそう。そしたらそこで出会ったネット声優さんが編集を手伝ってくれる人を募集してた。だから立候補して録音データをもらって家で編集の真似事をしたりしていたんです。それが僕の今の仕事まで繋がっている。そんなこともあってその気になっちゃったからマルチメディア系の専門学校に行こうと思って親に相談したんですよ。勿論猛反対されましたけど。
親からすれば専門学校よりも一般大学の方が将来的な安定もあるし親が教師をやっていたから公務員になってもらいたい、ということだったんでしょうね。結局それを押しのけることもできず4年制の大学に進学しました。

――まあここまでは良くある地方出身者の話ですよね。

ですね。大学は工学部に進学し、4年間を通してプログラミングの勉強をしました。もともとコンピューターにも相当な興味があったので、これらの勉強に関しては特に苦もなく楽しく勉強してましたね。でも音響の勉強はしたいなあと思っていたので、サークル活動で何かないかなと思った時に放送部という部活に入ることにしたんです。この放送部では音響の基本的な機材の使い方やアナウンス練習、そして作品造りを学べました。それから他大学との交流もあったり有意義な活動でした。カメラを回してオリジナルPVなんかを作ったり、脚本を用意してオリジナルのラジオドラマなんかを制作したり、某FM局の一枠を頂いて毎月1回番組を放送させて頂いたり。思い返してみれば、あのラジオ局で勉強させて頂いたことは今の仕事に近かったかもしれないです。収録も他大学の仲間とワイワイ楽しくした記憶がありますね。

――就職活動とかは?

はい。そんな大学生活を送って教育実習も行って教員免許も取り、いざ就職活動の時期にシステムエンジニアとして働こうと色々な会社にエントリーするんですが全然採用してもらえなかった。今思い返してみると全然就活の態度ではなかったですね。身が入らなかったというよりはものすごく色々なことを考えすぎていたような気がします。卒業研究もあったし、本当にシステムエンジニアで将来食べていくのがいいのか、とか。

――うんうん。

そんな時就活の中盤ぐらいかな?アニメ業界で既に活躍している、Kさんに相談することにしたんです。Kさんとは中学の時にハマっていたネットゲームからの知り合いで大学2年の時、細々と続けていたピアノの演奏会の時にPA(音響)を担当していて偶然再会したんですよ。相談してみると色々な内情や辛さ、楽しさ、そして最後に「本当にアニメの仕事がしたかったら、覚える事がとにかく多いから若いうちに現場で働いて経験を積んだ方がいい、もしそれで通用しなければ諦めること」とアドバイスを貰いました。
このアドバイスで一度業界を目指そうと決心した僕は親に「25までやりたいことをやらせてほしい。もし25までに決まらなかったら(山梨に)帰ってきて働くから」と頭を下げに行きました。大学進学の時に音響の専門を目指したいと言った時には無かった自分の「やりたいこと」へのビジョンがはっきり見えたんです。親も承諾してくれました。そのためにどうするのかという覚悟を具体的に提案する僕の姿勢を評価してくれたようで父には本当に感謝してます。

 

現場に飛び込め

――やった!そこからはアニメ業界一直線?

勿論。すぐにアニメの音響制作をしているスタジオにしらみつぶしに1件ずつ電話して募集をしているところは無いか問い合わせたんです。そうしたら新宿にあるスワラプロという会社から「とりあえず3か月研修して良さそうなら採用しても良い」という話をもらえた。すっごく嬉しかったですね。でも当時やっていたバイトが退職と引継ぎで2か月は辞められない。でも研修の話をもらってすぐバイト先に辞めると伝えて、辞めたらすぐに新宿に引っ越しました。
引っ越すまでは昼スタジオで音効の研修、夜はバイトをする生活。引っ越してからはひたすら会社で研修という生活を続けたんですよ。もし3か月目に採用してもらえなかったらもうバイトも辞めちゃってるんで本当に無職になってしまうけど、そんなことは全然気にしていませんでしたね。「ここがダメなら次のスタジオを探す!」って思ってましたし。
そして3か月後、会長から呼び出されて正式に採用が決まりました。スワラプロは「ウルトラマン」の音響効果を担当している老舗の会社なんです。小さい頃から特撮を見て育っているから面接の時とかも会長のウケがとてもよかったっていうのは有利だったかも(笑)。今年でスワラプロに入り6年目に突入しますけど、これまでに「ソードアートオンライン」や「聖☆お兄さん」などのタイトルを担当させていただきました。

――素晴らしいね。ところでアニメとか映像の現場って凄く大変、っていうか所謂ブラックだと聞くんですけど実際はどう?

うーん。仕事の一例なんですが、音効の仕事は映像のあとの作業になる場合が多いので。だから絵の会社の都合に合わせなくちゃいけない。夜中に絵が来てそれに音を当てたりするのでプライベートが削られたりとかはしちゃうね。それからこの仕事ってシンセサイザーとかで音をつくったりするイメージが強いけど、僕の現場だと来た絵に合わせて実際に歩いたり小物を動かしたりする「生音作り」から始まるんです。だから結構汚れたりとかしちゃうし疲れるし地味なんですよ、シンセでキュインキュインやるのに比べると(笑)。そういう業務の過酷さと意外と地味な作業っていう現実に辞めてしまう同世代も多いのかな。僕は地味でも音が作れることが嬉しくてたまらなかったけど。
あとは正直部活で学んだ音響的な知識は全く現場で役に立たなかったんですよ。何故かというと会社単位でそれぞれのやり方があるから。でもそれって最先端の知識で、学校じゃ教えてくれない。現場で鍛えられてこそ獲得できるものなんです。現場で叩かれて学ぶ知識、これがKさんの言ってたことなんだって今は思ってます。だから正直専門学校卒でも一般大学卒でもスタートラインは変わらないんじゃないかな。

――僕もジャズとかやってる音楽家じゃないですか。音大もアートスクールと似てると思うんですけど、音楽理論なんて結局完全じゃないんですよ。一番完全無欠に見えるロシア経由アメリカ生まれのメソッドがあるんだけど、これもよーく見るとほころびがあってちょっとテクニカルな話になるけど「ブルース」って概念を無理やり説明してたりする。でもそれが圧倒的な正義だと思ってる人も多いんですよ。理論偏重型のインテリ学生とかだと現場感覚をおろそかにしやすいのかな?というのはありますね。1+1が2にならないマジックとかをさ。

うん。やっぱり長い目で見れば4年制の大学の方が優位だと思いますよ。何故かというと基礎教養やサークル活動などで得られる知識が多いから。どんな分野でもそうだと思うんですけど、効果音の仕事も色んな経験が生きる仕事です。例えば「農業のシーンを録りましょう」って言った時に農業をやったことの無い人はその答えにたどり着くまでに時間がかかると思う。僕もわからない時はDVDとかの資料を見て勉強してやっとその音に辿りつくんですけど(笑)。だから学生さんで僕と同じ分野で働きたいって思う人は是非嫌がらずに色々勉強してほしいと思うし、そういう意味で一直線な専門学校に行くよりも幅のある経験ができる4年生大学をお勧めしたいです。勿論専門学校が悪いという意味ではないですよ。専門学校だって2年卒が多いからその分2年早く働けて、早くから現場で叩かれて吸収できるチャンスがあるってことだし。
あと僕は今何の仕事がしたいというよりもお客さんを獲得したいっていう気持ちの方が強いんです。お客さんに「中島さんの音が良いから中島さんを使いたい」って言われるように色んな人と幅広い仕事をこなしていけば、自分でこういう仕事がしたい、っていうのを逆に投げることができると思うので。

――どんな音効アーティストになっていきたいとかはある?

そうですね、効果音って目立つ音ばかりじゃなくて、自然に聞かせる効果音というのもあるんですよ。それって効果音って言えるの?という方もいるかもしれませんが、逆の捉え方をすれば「違和感を感じさせない効果」を演出しているんです。実写映画なんかは特にそうで、音が全部後付けになってこともざら。
特に海外に吹き替えで出す場合なんかはそうですし、ハリウッド作品は音は丸ごと差し代わってます。環境音から足音すべて。違和感を感じた事ない人が多いと思います。僕もそれをこの会社に入ってから知ったんですよ。
だから、僕も作品を見てくださった方に違和感を感じさせない効果音作りをしたいと思ってます。寧ろ、効果音屋さんの一人前ってそこからスタートする気がするのでまずはそこからですね。

 

ヤマナシはクリエイター向き

――なるほど。ありがとうございます。
ではここからは山梨について訊きたいんだけど、率直に故郷について思う事などはありますか?

もう8年くらい山梨には帰れていないんですけど、改めて訊かれるとちょっと困りますね。確かにシャッター街を見ると一抹の寂しさがありますが、山梨は都心部から1時間半あれば帰ってこれるっていうのはどの地方都市よりも有利だと思います。もちろんクライアントと直接話しながら音を調整する必要はあるんですけど、クリエイター目線で言えば今は納品をネットのやりとりでやるのが当たり前になってきています。もうちょっとインターネットの技術がシームレスになってくると郊外や都外、それこそ地方の山梨で制作スタジオが立ち上がる、なんてのも現実味がある話じゃないですかね。
あとは山梨のいいところってロケに凄く向いてる所だと思うんですよ。海が無いのだけは残念なんだけど(笑)、川だって上流下流で川幅も全然違うし山もあるし。

――このインタビューのアーカイヴにもあるんだけど、山梨産ヒップホップのスティルイチミヤのクルーがやっている「スタジオ石」は魅力的なPVをジャンルレスで制作してたりしてるよ。

そうなんだ。やっぱりそういう意味でクリエイター向きな県なのかもしれないね。ただ今のところそれよりも都内の刺激の方が魅力的なんだよね。問題は甲府に何も無い事。北に行けばスキー場があったりするし南はテーマパークとかもあるのに。でも東京に近いし山梨から作れるものはもしかしたら無いんじゃないか?とも思うんです。やっぱり東京と真っ向から勝負するのはさすがに無理だと思う。視点を変えて考えた方が良いと思うけど、その方法はちょっとわからないな。

――なるほど。でも山梨でも面白いことは生まれ続けているよ。特に甲府は今フリーペーパーが群雄割拠で色々な物が紹介されだしてる。でも認知度が低いんだよねやっぱり。俺も「火と風」ってパーティをオーガナイズしたりして山梨産のアーティストやアートなど紹介したりしてるけど、東京にいる山梨出身者がどんどんガラ空きの地元にカウンターを入れてくべきなんだよ今の時代は。
では、最後に山梨の若者に一言お願いします。

最近ハマってる言葉に「ラックマネジメント」という言葉があります。簡単に言うと「サイコロを振って1を出す(1/6)」っていう運(確率)を行動によって上げていく。同じ1/6でも5回振れるようにするとか、3つの面を1にする反則をやる(笑)っていう風に初期条件をかえることができるかもしれない。
最終的に運勝負になってしまうことでも、努力によって可能性を大きく変えることができるんじゃないか。最近はそう考えながら色々なことに挑戦していっています。そうすると成功した時にも、失敗した時にも自分への捉え方が全然違ってくる。だから常に出来る努力は惜しまず、自分の力で夢を引き寄せてほしいですね。

――ありがとう。今後の活躍を期待しています!

 

編集後記(小池)

今回のゲストは音響効果の現場で最前線にいる中島君でした。
今に始まったことではないですけども、ジャパニメーションは世界に発信できる日本の文化の一つでとてもクールだとされていますよね。その現場に山梨県人がいる、というのはとても嬉しいことです個人的に。
彼の発言で興味深かったのは「山梨はクリエイター向き」だという事。これは今後クリエイティヴな現場が東京で無く山梨など地方都市に移っていくかもしれないという未来の可能性を示唆しています。実際甲府市だけでなく南アルプス市などにもデザイナーが移住してきている現状もありますし上野原に東京出身の若いアーティストがスタジオを建造中という情報も入ってきています。
此処ヤマナシから文化の槍や弓を取って戦う日がいつか来るでしょう。その時までに何ができるか、とりあえず東京オリンピックは1つのリミットでしょうね。
さて今年は更新マメにしていきたいのでご期待ください。それではまた次回!

 

中島勝大(なかじまかつひろ)
1987年生まれ。山梨出身。
山梨大学教育人間科学部附属中学校、甲府西高校、拓殖大学工学部卒業。アニメ・実写・特撮映画への効果音付けを主に行う株式会社スワラプロに所属。
現在はFOLEYと呼ばれる生音の録音編集、効果助手として各種番組へ参加。携わった作品は「ソードアートオンライン」「聖☆おにいさん」など。

 
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