Young-G + Big Ben

YB2

 

──本日は山梨県笛吹市一宮町にあります御食事処竹春に来ております。レッドカツカレー(25倍)を頂きながらのインタビューです(笑)
本日のゲストは山梨県が誇るヒップホップグループstillichimiyaよりYoung-GさんとBig Benさんです。宜しくお願い致します。
 

山梨から東京へ、東京からヤマナシへ

──皆様のご活躍については最早、言わずもがなでネットに情報が溢れていると思うので改めてお聞きするのも気が引けますが、まずは皆さんのヒップホップに傾倒していった経緯や結成までをお聞きしてもよろしいでしょうか。

Young-G:ヒップホップは元々、さんピンCAMPとか日本語ラップに興味があったのと、クラブに行ってたことの2つが影響してる。特に今は無いけど山梨の「ベイクドポテト」っていうクラブに高校1年の時から行き始めてハマッたのが大きいかな。そっからターンテーブル買って、DJとか音作りを始めた。

Big Ben:俺は元々ソウルミュージックが好きでヒップホップのバックトラックにそれが使われているものがあるんだけど、そういうのを聴いてたのがYoung-G達だった。中学の時から元々YOUNG-Gとバンドとかもやってたし。週末によく集まってたよ。

Young-G:でも、やろうって集まったというよりは自然に集まったんだよね。集まったからやったみたいな。集まってたから名前どうしようかっていう。stillichimiyaという名前ができたのは故郷の山梨県一宮町が合併して無くなる2004年。敢えて俺らに名前をつけるとしたらってことで。その年の10月10日(合併前夜)に一宮町の花見台っていう山の上の公園で「Last Holiday Festival」ていうイベントをサウンドシステムを持ち込んでやったんだけど、そこで遊びで録って配ったCDのタイトルが「stillichimiya」だった。だから厳密に言うと元々は俺らの名前でも無かった。

おみゆきCHANNEL http://www.maryjoy.net/artists/omiyuki.html
stillichimiya no hoomu peeji. http://stillichimiya.com/

──なるほど、それが発足のきっかけだったんですね。そのまま山梨で活動開始されたんですか?

Young-G:いや、そこからすぐ東京に出たよ。むしろ東京に行くのが決まってて。俺はアメリカから帰ってきてstillichimiyaやって、やることも無いし東京に行こうかと。俺とMMMと田我流がまず上京して他のメンバーも徐々に出てきて。東京ではひたすら遊んでましたね(笑)。曲も作ったりしてたけど、ただ遊んでコネができた感じ。でもそこで遊んでたコネが広がって今の活動のベースとなる人脈だったりスタイルができあがった。
俺と田我流とMMMは3人で三鷹の牟礼やさぐれハウスってとこに住んでて。まあ、どれくらいやさぐれてたかっていうと、誰も掃除しないしゴミも捨てないからリビングの天井までゴミが積み重なって気づいたら床に白いプチプチがあって、よく見ると虫の卵だったという(笑)。

Big Ben:その床で俺とか寝てたりしてね(笑)。

──ヤバいですね。ということは、活動が本格化したのは山梨に帰ってきてから?

Young-G:いや、東京にいる時からライブはやってたよ。ホームみたいなハコはなかったけど。だって東京だもんね(笑)。常にアウェー。アウェーで色んな現場に行きまくるみたいな。山梨のライブも多かったからよく帰ってやったりしてたけど。でも2~3年して結局東京は家賃も高いし、「One Peach」ってアルバムも出したし、やるべき事も全部やった。それに今いるレーベルとの出会いもあったから本腰入れてがっつりやるならもう山梨帰ったほうが良いなってみんな山梨に戻った。

──山梨に戻って何か変わりましたか。活動のスタンスなど。

Young-G:うーん、まあ心にゆとりができたね。東京は人も多い、金もかかる、自然も無い、でかい音で音楽も聴けない。まずそれが全部無くなる。それから東京にいる時よりも金が使えるから機材とかも揃えることができて今のスタジオも作った。これがまずひとつ。それから一回東京に行って帰ってきたことによって客観的に見れる様になった。東京も山梨も。音楽的なこともそうじゃないことも。それが俺らにとって多分すごく良かった事で、例えばヒップホップに関して言えば東京ででしかできないヒップホップもあるし、東京には無いヒップホップがあるってことが分かったし。それを顕著に現しているのは俺らの作品で言ったら最近の「やべ~勢いですげー盛り上がる」のPV。あれは絶対東京じゃできない。まずノーヘルで運転とかできないし、軽トラ箱乗りとかトラクター乗り回すとか(笑)。やろうとしたらそれなりの場所に行って金かけなきゃ駄目。田舎で自由だからできるPVであってあれは東京ではできない。

──確かに!ただ面白いPVじゃなかったんですね。

Young-G:あとは富田監督の映画「国道20号線」じゃないけど、地方都市は国道沿いにチェーン店が乱立して、地方の若者の苦悩だったり精神状態だったり、そういう人たちが陥ってく悪い状況ってのが今まで普通のことだったかもしれないけど、東京に出た事によって客観的に見えるわけ。山梨は何も無いからドラッグとかシンナーに走ったりとか。山梨の若者って文化がないから皆でラウンドワンに行ってちょっと悪い奴はシンナー吸って暴走族になったりする。でも東京だと文化があるからCD屋行けばマニアックなものまであってのめり込めたり、美術館行ったり選択肢がたくさんある。選択肢が無い地方の出口の無い感じとかも東京へ行ったからこそよく見える。全てに於いて視点が変わった。富田さんの映画もそれで共鳴したんだけどね。
富田さんの映画を初めて観た時、完全に持ってかれて「クソヤベえ」ってなった。俺らと歌ってる内容とかと完全にリンクしてて一気に仲良くなって。普通の人が観たら「意味わかんない!」とか「何これ?」みたいな反応が多いと思う。でも意味なんか無いんだよ、映画っぽくないじゃんあれ。ホームビデオの延長みたいな。普通映画って起承転結があって、みたいなそういうのじゃないんだよ。ただそこに現実的なものを映してそれに意味づけるのはやっぱり自分。本当にあの映画はすごいよ。 映画史に残るでしょ。

──僕も富田監督の「サウダーヂ」にはやられましたよ。この甲州最前線を立ち上げる原動力になったひとつのファクターです。この映画がスマートフォン以前、(昭和町に)イオン(ができる)以前のタイミングに撮られたというのも奇跡だと思います。スマートフォンとイオンでまた局面が変わったと思いますから。
にしても、あれだけ東京や世界で絶賛されたのに山梨の人の反応は薄いような気がします。でも、あの映画が山梨から出たというのは大きいですよね。

Young-G:でも、必然だったと思うんだよね。山梨って日本の最果ての地方都市だと思う。

──そう。東京に限りなく近い最果て、ですね。

Young-G:そう。東京の真横だからこそ遠いんだよね。西東京って田舎でしょ。八王子とか、西東京の延長が山梨なんだと思う。近いから週末みんな東京行くじゃん、そうなると金がどんどん流れていって衰退してく。大きな原因のひとつじゃないかな。大概の奴が東京のクラブは行くけど山梨のクラブには行ったことがない。神奈川とか千葉とかはどういう理由か知らないけど人が集まる。
最近、田我流のソロツアーで全国色々行くけど、どの街行っても都会だな、と思える。甲府ってこんなひどいんだと。山梨って最先端の寂れ方をしてる。何でそうなったかって言うとやっぱり今までの俺らより上の人がやってきた政治が良くなかったんだと思う。30~40年前の政治の結果がこれだからね。そういう奴らは責任取れないし、俺らも取れないけど駄目だったから今までと同じ、じゃ駄目なわけじゃん。
でもまだ同じことをやろうとしてる。日本全体がそうだけど、政治家も馬鹿じゃないから気付いてるんだけど辞められないんだよね。辞められないほど利権だったりおいしい蜜を吸ってる人間が多すぎる。良い仕事の人はやっぱりそこから抜け出せないし。だから根本は深すぎる。
でも、だからこそ山梨で最先端のことが起きると思うし面白いことをしたいよね。音楽に限らず。

 

鵜呑みにしないように

──映画「サウダーヂ」、田我流さんの甲府でのワンマンライヴ、それから最近文学賞を取って注目されている辻村深月さんなどみなさん意見の中で共通しているのは「地方都市再考(最高)」ではないでしょうか。都心に一極集中で、がら空きの地方にワンパンチ入れるのは今しか無い。これは地方都市だけの為でなく日本の為でもありますよね。
では最後に山梨の若者たちに何かメッセージを。

Big Ben:何でも良いんだけど、自分が「これが好き」ってものを持ってる人が少ないと思う。流行とか周りとかに影響されない自分好きなものを見つけてほしい。自分で考えて色々やってみるとしか言えないし小さい時の教育もあると思うけど、ぼーっとしてる時とか部屋の中とかでもう一度自分に向き合うべき。自分も含めて周りを見て行動する癖が付いてるから、周りの情報を遮断してでも自分の心がどんなものに反応するのかとかを冷静に考えてみるってことだね。

Young-G:自分で考え自分で行動し、やりたいことをやって頑張って諦めないで欲しい。やりたいことをやって頑張って諦めなければ色々よくなると思う。無茶苦茶当たり前なことだけどね。先生とかが言いそうな。でもこれ大事。
あとは、今言った全部のことはあまり鵜呑みにしないように(笑)。俺みたいな奴に講釈垂れられてるんじゃねえぞ、てこと。

──気をつけます(笑)。大変興味深いインタビューでした。ありがとうございました。
 

編集後記(小池)

もともとTwitter上で僕が「サウダーヂやべえやべえ」とひとりで大騒ぎして総スカンを受けた時に彼らが直接反応してくれたのが出会いのきっかけです。
その後、Big Benさんのソロアルバム(今秋ドロップ予定)のレコーディングを手伝ったり、僕のライブでラップしてもらってりと結構交流があって今回のインタビューにつながりました。
世には「ヒップホップ=B-boy文化=御馬鹿さん」という非常に愚直な等式が蔓延っておりますが(というか元々B-boyのBはバッドの意じゃなくブレイクのBなのだが)彼らはインテリジェントな詩人だし、しかも尖ってる。
それとYoung-Gさんは「Pan Asia」というミックスCDを最近ドロップしました。これもヤバいです。要チェキ!

あと、甲府エクランの新星堂さんは山梨県出身アーティストのコーナーをいい加減更新してはどうでしょう。ほとんどアーティスト解散してるじゃないか(笑)。
それではまた次回。

 

Young-G(ヤングG) – stillichimiyaのプロデューサー、MCでもあり、音楽面でクルーを牽引するブレイン。田我流「作品集~JUST~」や、stillichimiya「ONE PEACH」「Place 2 Place」「天照一宮」では、プロデューサーとしてだけでなく、レコーディング、ミキシングも手がけている。ソウルフルでグルーブのあるサウンドと、手の込んだドラムの打ち込みは特徴的。サンプラー、ドラムマシン、Pro ToolsやMax MSPなどのソフトウェアも使いこなす。 stillichimiyaクルー以外にも、
NORIKIYO “黄昏公園 (Remix)”「RE-ROLLED UP 28 BLUNTS
Meiso “ソラニシラレヌ (Young-G Remix)” 「夜の盗賊
BRON-K “空を切れ”「CONCRETE GREEN Vol.7
鎮座DOPENESS “ドンスタ”「100% RAP
などの作品のプロデュース、リミックスを手がけて、高い評価を受けている。

 

Big Ben(ビッグベン) – stillichimiyaの屋台骨として、殆どの作品にMC、プロデューサーとして参加。田我流「作品集~JUST~」や、stillichimiya「ONE PEACH」「Place 2 Place」のプロデュースを手がける。ヒップホップだけでなく、ブラック・ミュージック、ダンス・ミュージックに精通し、レコードディガーとしてレコード屋、リサイクルショップなどでレコードを漁っている。主に打ち込みでビートを製作するが、キーボードやギターなど楽器の演奏に長け、哀愁漂う、いなたいメロディを創作し演奏するのを得意としている。アナログのきめ細かくザラついた質感と、無骨さをビートに残す職人気質のプロデューサーである。ラップでも常に全力投球なステージが評価されている。 主なプロデュース作は、
田我流 feat. Big Ben “墓場のDigger”「作品集~JUST~
NORIKIYO feat. SEEDA “RAIN (Remix)”「RE-ROLLED UP 28 BLUNTS
などを手がけ高い評価を受けている。

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